東京高等裁判所 昭和25年(ラ)52号 決定
一、当事者
抗告人 ○川○吉
二、主 文
本件抗告はこれを棄却する。
三、理 由
本件抗告理由の要旨は、抗告人は元朝鮮平安南道中和郡唐井面間里二百十五番地戸主金○○の弟として明治四十二年九月七日出生した者であるが、昭和十四年一月十日東京都○○区○○橋○丁目○番地ノ一戸主○川○清の母はな、長女○子と婿養子縁組をなし、爾来同棲し現在に及んでいる。その間抗告人は陸軍戸山学校軍楽隊に入隊して専ら軍楽を修習し、余暇には将来声楽家として身を立つる意図の下に個人教授も受けた。昭和九年満期除隊して後は三浦環の教えを受け、更に藤原義江の歌劇団に入り専心声楽を修めたので昭和九年以来「○田○○郎」と称して声楽家としておこがましくもその存在を現わしたのである。それゆえに抗告人の戸籍面の氏名なる「○川○吉」にては楽壇は勿論社会一般にも亦何人なるかを疑わしめるものであつて、その結果は抗告人の社会人としての生活に迄波及するのである。なお、抗告人は生を韓国に享けた関係上在留朝鮮人は抗告人を韓国人たらしむるために手段を選ばずして強迫がましき行動に出るのである、右の次第につき抗告人の改氏名許可申立を理由なしとして却下した原審判は不当であるからこれを取消し、「○田○○郎」と改氏名を許可する旨の裁判を求めるため本件抗告に及んだというにある。
しかしながら、現今著名な藝能人中には本名と藝名とを異にする者頗る多きところより見れば、これがためその生活上に多少の不便を感ずることあらんも、又反対に便宜を得好都合である場合もあるべく、かかる藝能人の日常生活なるものが本名と藝名を異にするため著しき困窮に陥るものとは到底考えられない。抗告人についてもまた然りというべきである。なお、抗告人は生を韓国に受けた関係上在留朝鮮人が抗告人をして韓国人たらしむるために手段を選ばずして強迫がましき行動に出ずる旨主張するが、果してそうだとすれば抗告人が日本の国籍を離脱するとか或いは氏名を韓人名に変更するならいざ知らず、日本の国籍を有するままにて、唯その日本名なる戸籍上の氏名のみを同じく日本名なる「○田○○郎」に改氏名したからとて右強迫を免れ得るものとは思われない。従つて以上の如き抗告人主張の理由にては未だ本件改氏名を許容する理由とはなし難く、その他原審判の理由と同様の理由によりても、当裁判所は本件改氏名許可の申立はこれを理由なきものと認める。
よつて抗告人の右申立を却下した原審判は相当であり、本件抗告はその理由がないから主文の通り決定する。